保健師インタビュー②


T保健師プロフィール

総合病院での看護師勤務を経て、企業内の産業保健師となり25年の長きにわたりご活躍されてきました。現在は弊社の契約保健師として週4日企業へ伺い、健康診断後のフォローや衛生委員会の参加、
従業員面談などの健康支援業務に取り組んでいらっしゃいます。

産業保健は、看護職にとって人気の業界ですが、一人職場のことも多く、実際の働き方やキャリアがなかなか見えてこないものです。そこで、今回は、複数の企業で産業保健師として勤務されてきたT保健師に、「保健師になったきっかけ、今後の目標、産業保健師を目指している保健師や看護師、転職を考えている保健師の皆さんへのアドバイス」などをお聞きしました。

1.保健師になったきっかけ

ー産業保健師になろうと思ったきっかけを教えてください。

看護師として総合病院に勤務していた際、ターミナルケア病棟で末期のがん患者を担当していました。延命治療に重きを置く時代だったことから、患者や家族の思いを十分聞くことができませんでした。
ご存じの通り、がんの発症は生活習慣が大きくかかわります。が、当時は生活習慣病について今ほど注目されておらず、末期になって皆さんが自分の生活をものすごく後悔されていました。
そうした様子を見ていく中で芽生えてきたのは「最後の場面で皆さんがこんなに後悔しているのであればもう少し早くなんとかできないのか」という想いです。元気でいる間に生活習慣指導のような手厚いケアができたらいいなと保健師を志し、保健師学校を経て、活動を始めました。

ー看護師を経験したのちに保健師学校に通ったのですね。就職活動は大変でしたか?

保健師学校に送られてきた求人を2社ほど受けて採用となりました。
採用された会社は大企業で、全国に工場のある企業でした。
社内には全社保健師会議があり、本社には統轄保健師がいましたので、困ったときには相談できる状況だったものの、配属された工場は従業員1,600名ほどに対して、保健師はわたし一人。基本的な業務は一人でこなしていました。

2.保健師になってよかった、やりがいを感じたエピソード

ー保健師になってみて「よかったな」と思ったエピソードはありますか?

大腸がん検診で潜血陽性になった方に、しつこく「ちゃんと病院に行って!」と声掛けをしていたところ、「うるせえな、わかった行くよ」という感じでしぶしぶ行ってくださいました。最終的にがんが見つかりました。後で「ありがとう」とお礼を言われたときは、保健師をやっていてよかったなと思いました。
あとは、メンタル不調の方から「あのとき保健師さんと話していなかったら、多分死んでいた」「命の恩人」というようなことを言われると、同様にやっていてよかったと感じます。

ー「手遅れになる前に、医療につなげる」という思いがあるから、「うるさい」と言われても、顔の見える近い関係で社員の方と関わっていらっしゃったのですね。

当時の製造業の現場には、 “徒弟制度”のような関係があり、「てめえの言うことなんか聞いてられねえんだよ」といった雰囲気の方もいました。
私は父親が江戸っ子で似たタイプだったので、「これは、口は悪いけど悪気はないな」と感じ、しつこく社員のもとに通ったこともあります。
邪険にされたことも結構ありましたが、最終的には「保健師さんお茶飲んでいかない?」と言ってくれたりして、振り返ると「楽しかった」と感じています。

3.苦労したエピソード

ー苦労したエピソードがございましたらお聞かせください。

メンタル不調の方の対応は大変だったのかもしれません。
基本的に、うつになる方は自殺が心配でした。真面目な方たちなので、とにかく“放置しない(つながっておく)”というのが私としては重要な手段でした。本人にはメールを送ったり次の約束をしたり、家族とも連携をとっていました。
今までフォローしていた方から自殺者を出したことはなく、当時の勤務先の管轄保健所から「これだけ大きい会社で、1人も自殺者を出していないのは、なぜですか?」とお話しを聞きにこられたこともありました。

また、特定保健指導が始まった時は、健康保険組合に保健師が所属していなかったことから、会社側の保健師として依頼を受け、保健指導の体制を一から作りました。
そのほか、関連会社が初めて保健師を導入した際に出向しました。「保健師って誰?」という段階から始まりましたが、取締役や上層部など、「保健師を知っている方々」の協力を受けながら、なんとか進められました。
さらに、地方自治体に勤めていた時は、メンタル不調者が多かったことを受け、法令で義務化される3年前からストレスチェックの導入を提案、おかげで高ストレスの方のフォローができました。

4.周りの理解、協力、体制づくりなど

ーこれまでなかったものを構築していくことにも取り組まれたのですね。周りの方の理解や組織の体制づくりなど大変ではなかったですか?

出向した時は、衛生管理者が前向きですごくやる気のある方だったので助かりました。
たとえば、親会社では残業時間45時間以上の方をチェックする体制だったことを受けて、「うちもやりましょうよ」と提案したところ、導入してくれました。理解があって協力的でした。

5.保健師として大事にしていること

ー保健師として大事にしていることや、信念は何かありますか?

産業保健師は、社員の方に“働いていただく”というのが一番基本です。
「働くこと」でお給料をもらってご飯を食べ、家族と仲良くし、将来的な希望も持てる、ということが、社会人として大切なことだと思っています。
自分としても働くというのは、楽しいし幸せだなって思っています。

ー病院から保健師になるとギャップに驚く方も多いですが、いかがでしたか?

看護師と違って一人職場ですし、私が入ったところは男性の多い職場でした。
看護師時代には同僚と病状など個人情報も話せましたが、企業ではそんなこともできませんし、もちろん話せる相手もいません。不安になりましたし、重たい事例を誰にも話せないので孤独感がありました。
そういうストレスはなかなか解消できませんでしたが、子どもができてからは、帰宅して子どもの顔を見ると気持ちがリセットできるので、本当に救われました。また、ほかの工場の保健師とやりとりしたり、同期社員と遊びに行くなど、ストレスが溜まっても、リセットするスキルが身についたと思います。

6.産業医との連携

ー産業医の先生との連携に関して、病院との違いもあると思いますがどうでしたか?

これまで10人くらいの産業医と関わりましたが、それぞれキャラクターや方針などがまったく違いました。
マイペースでやりたいことしかしない先生もいますし、社員に対して怒鳴る先生もいましたが、本当に良い先生もいました。大変な先生にあたった保健師さんの苦労はよくわかります。

7.現在の業務内容・今後の目標

ー企業ごとの違いなどありますか?

以前の企業は1,600人くらいましたが、苗字を言っていただくだけで下の名前はわかりましたし、健診に引っかかっている人は部署や名前も把握していました。
今の企業では社員の皆さんにまだ私の顔が売れておらず、コミュニケーションをとれていません。全員面談をして顔や名前を憶えていき、気軽に保健師に頼っていただけるようにしていきたいです。
社員に信頼してもらいたいので、コミュニケーションをきちんととり、「T保健師に、これ言って大丈夫だな」と思ってもらえることが目標です。

ー目標や今後の展望はお持ちですか?

大企業や行政に比べて、中小企業は産業保健の支援が受けられないことが多いので、お手伝いしていきたいです。
中小企業ではフルタイムで保健師を雇用することは難しいと思いますが、例えば月に2日や週に1回でも保健師がフォローすることで、社員が元気に働けるようになることもあると思います。
また、体制づくりからスタートする企業の場合、経験がある保健師のニーズがあると思いますので、お役に立てることがあれば関わりたいと思っています。

8.転職を考えている人にアドバイス

ーこれから保健師として働くことを考えている方に、アドバイスをお願いします。

産業保健師は、すごく大切な仕事だと思いますので、仕事に誇りをもってください。
昔は見本となる方がおらず、育成体制などもまったく整っていませんでしたが、今は経験豊かな先輩保健師がいるので、わからないことはどんどん聞いていきましょう。 どういう形かわからないのですが、保健師の困りごとをお聞きできる立場になったとしたら、ご協力したいと思っています。

最後に、長年の相談員経験からメンタル不調とハラスメントは、切り離せないものがあると思います。
保健師に相談が来ることもあると思いますが、そこで対応を間違えると社員が傷つくことがあります。保健師はカウンセリング技術もあるがゆえに本人の認知を変えようとしたりして、二次被害を生んでしまうこともあります。たくさんのスキルを持って、状況に応じた支援をしていただき、皆さまに成長していただきたいです。
皆さまの成長や元気は、労働者の元気や活躍につながるので、今後も頑張ってほしいです。

ーこんな資格、勉強が役に立つ、とかありますか?

私は何年も現場で経験を積んでから産業カウンセラーや公認心理師、ハラスメント防止コンサルタントをとりました。
ほかにも、健康経営エキスパートアドバイザーや、治療と仕事両立支援コーディネーターも持っていますが、保健師の業務に役立つと思います。
無理する必要はありませんが、勉強することは良いことなので、ぜひ何らかの勉強を続けていってほしいと思います。
また保健師は法律関係が弱いので、各都道府県の労働局の無料のセミナーなどにもぜひ行ってみてください。

ー本日は貴重なお話をありがとうございました。